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****  思いつ記  *****


 このページは7029こと私が、思いついた事を思いついた時にだけ書くというコーナーです。 自分の勝手な考えもありますが、前向きに受け止めてもらえると嬉しく思います。








ゴミ


管理

 シンドラー社製のエレベーター事故やプールの管理の事故をとりあげ。いくつかのポイントを感じましたので、少し書いてみたいと思います。

 ひとつは、入札競争という制度への疑問です。
シンドラー社のエレベーターはシェアー1%程度らしいのですが、ほとんどが公共工事に使われていたらしいという事です。公共工事をはじめほとんどの入札は最低価格(最低落札価格設定を除く)の業者が落札する仕組みになっています。つまり値段が決め手になります。入札参加レベルが同じという前提にになりますが、果たしてそうでしょうか?
個人が物や技術を買う場合では、もちろん値段も大切ですがメーカーや商品、技術やサービスといった部分も考慮しているはずです。少しの値段差なら、なおさら選択は重要になり、時には値段の差は問題にならない場合もあると思います。
 入札のシステムは良いものを安く手に入れるという事を目的とした中で、本来の目的である個々の商品の価値や技術といった肝心なところが見逃されがちになるだと思います。だから、このような事故が起こってしまうのではないでしょうか?
 事故の話に戻りますが、エレベーターのメンテは入札で行なわれ、シンドラー者以外の業者がしていたという事ですし、そのシステムをよく理解しないものがメンテをするという事は、新たなトラブルを招く事もあるということです。

 ふたつめは積み重ねと責任です
ある番組で言われていた事ですが、数百年前から受け継がれてきた松の木が、手入れを入札に変えた事により、業者が入れ替わり取り返しがつかなくなったという事でした。業者が替わるという事は、きめ細かい管理の意図までも受け継ぐことが難しい上、責任のなすりあいが起きてしまうこともありえます。本来技術職とは職人さんと呼ばれる人間が、技術と経験で行うものであり、単なる作業とは違います。まして数百年も続いた剪定技術では一貫したやり方があったに違いありません。入札で予算も少なくなっている上、翌年落札できるかどうか分からない仕事に対してのどこまで真剣に仕事をするのか?そういった仕事に対しての責任の薄れを感じます。

 監督責任です。
 分かりにくい部分ではあると思いますが、技術や伝統といったような仕事を、金額だけで判断するのは非常に難しいという事が分かって頂けると思います。物の価値といったような事は、それを扱うすべての積み重ねなんだと思います。行政の監督はその道のプロとして、勉強や経験を重ね業者に負けない実践的な教育が必要で、その道に進む志を持った人がして頂けるともっと良くなるのではないでしょうか?

結局はすべて人間が判断する事なんですよね。

2006.8.23

猛暑

 
 今年の梅雨は雨が少ないまま梅雨があけ、既に猛暑にみまわれています。異常気象の原因はいろいろ考えられますが、積み重ねは猛暑に追い討ちをかけていると考えられます。
 昔から長く続いていた文化や習慣は、歴史が答えとなっている事を再認識させられます。

 自然と生活が一体化
郊外と街中では、日中の気温差はもちろんですが、、夕方からの気温差の方が大きいといわれています。郊外は温度があがりにくい構造物が少ない事、田や畑が残っている事、そして何より自然が豊かな事です。水田や森からの冷気は約200mくらいの距離までなら効果があるそうです。その効果も街中までは届きません。温暖化、ヒートアイランド現象に歯止めを掛けるのはやはり緑の効果が一番で、それに気づく人々の意識に掛かっているんだと思います。

 便利と不便
 どれだけ現代の生活が便利であっても、それは便利と不便の表裏一体であるということを忘れてはいけないと思います。
エアコンのおかげで室内は涼しく快適な空間となりますが、でもそれは室内の熱を交換して外へ放出するという事で、涼しい環境を造るために外を熱くしていることになるのです。しかも、災害等の惨事の時には電気が供給されなければエアコンもただの飾りになると考えると・・・怖いですね。

 バランス
 街中ではまとまった緑地が極端に少く植物もまばらで、人工物の中に緑があるといった具合です。しかし郊外では自然の中に家があるといった感じになり、根本が違う上に割合が全く逆転しているという事です。
上手くバランスのとれた環境に『便利』が効果的に働く事によって、より良い環境が期待できるのではないでしょうか?

 結局
 人間がどういった未来を夢みるかで、未来も変わっていくと思います。
日本が東南アジアのような気候になってしまう未来があるとしたら、エアコンが果たして機能するのだろうか?雨が減り、毎年のように水不足問題が起こっていないだろうか?暑い日中には何もする気が起こらず、自然を壊し続けた結末を後悔してはいないだろうか?
結局、自然と生活が一体化していた時代が一番贅沢だった・・・にはならないでしょうか?


 環境を大事に思う事
  時間を掛けて出来上がった自然を、出来る限り大事にする。
  今ある物を大切にする。
 植物の効果を理解し大事にする事
  日陰の涼しさを確認する。
  植栽による日陰を増やす。
 エアコンの設定温度を少しでも上げる事
  エネルギーが節約は環境に反映される。
 雨水の利用や打水
  昔はよく見かけましたが、清涼な風を呼び込みます。水道代は雨水
  でカバー

  みんなで出来る事を実践する事によって、住みよい環境に変えていかなければいけないと思います。





 必要と便利


今日の生活は環境に恵まれています。綺麗な生活空間には虫や細菌もいなく。アスファルトや構造物は長い年月の間、草木がが生えるのを抑制します。いろんな機械や道具によって便利な生活しています。そして僕もその1人です。
 植物の性は子孫を残し地球をカバーし環境の変化を少なくする事だと思います。また、人間の求める便利とはそれを剥ぎ取り、人工的なものを構築して(不毛の土地を増やす)便利な空間をつくる事なのです。人が生きていく為に必要な物と便利な物は一致しない事が多く、緑の重要性がその天秤にのっている気がします。緑は空気を浄化するうえでなくてはならないものです。しかし、その必要性は理解されながらも、受け入れられていない事が多いのが現状です。僕たちの仕事は便利さと必要性を兼ねた、快適な空間をつくることであり、それをより良いデザインとしてアドバイスできると事だと信じています。
町並みを作る並木も、人が集まる公園の空間、庭を含めた個人の生活空間も、必要(自然・植物)+便利(人工物)=快適空間という図式を成り立たせなくては、ならないのではないでしょうか?
快適な空間に囲まれていますか?


防犯


 
 最近の日本では、犯罪件数が多く自己防衛が大切だという事が、多く言われるようになりました。以前から、造園の立場から見た防犯について、自分なりにですがお客様にいろいろアドバイスをしていました。先日放送された特命リサーチの中で同じような事を紹介されていましたので、改めてここで、いくつか紹介します。

 1.視界
 高い塀や垣根で家の中を隠すのは危険です。侵入後安心して盗みが出来るからです。ある程度の視界を遮る事はプライバシーの保護上、やむおえない事もありますが、必要以上の遮へいはかえって良くないんですね。造園をデザインする場合で注意している事は視界を良くする事(防犯意識を抑制する)です。道路から中の状況が全く分からないという事は、周りの目には触れないという事なので、そういったところは改善が必要だという事です。良くない事は見えないところで起こる事が多いからです。

 2.材料
 どういった材料を使うかによって防犯効果を高める事が出来ます。コンクリートの土間は歩きやすいのですが、砂利を使う事によって歩く時に音がするので、家の死角になるような場所、勝手口、お風呂、トイレなどの周辺は特に有効です。コンクリート等の土間と違い、材料も工事費も安く自分たちが歩く上ではなんら問題もありません。また、砂利は土の呼吸を助け温度上昇を抑えてくれる働きもあります。

 自分たちの出来る事で、防犯効果があがればうれしい意と思います。
松阪警察の方にもこの事を話しましたら同じような意見でした。もちろん警察の方々の活躍もあっての防犯です。



冷やしましょう!


  
 植物の冷却効果を取りいれて、自然な涼しさを手に入れませんか?
現在の建物は高気密、高断熱といった構造から高断熱、循環という傾向に移行してきていますが、さらに外壁を断熱する考え方に移行すると更に断熱効果が高まります。それを植木に頼ろうとするわけです。外壁の温度が高くなるとどうしてもエアコンの効率も悪くなります。また、室外機なども同じで高温になってしまうと、熱交換が悪くなる為、電力消費も大きくなりますし、ある一定以上は冷えにくくなるでしょう。また、電気に頼るエアコンは災害時や非常時の電力停止時には何の効果もありません。そういった場合での効果は絶大だと思います。

 植木の陰は夏涼しいことは誰もが知っている事だと思いますが、以外にその効果を実用して見える方、または理解して見える方は少ないと思います。地球環境にも優しいこの方法を実践してみませんか?
 お問合せはメール、電話、にて受け付けます。



松阪を考える


 僕は学生時代・社会人と東京生活をしていました。東京時代の友人は電車で松阪に来る事が多く、駅を出ると中途半端な田舎という感想をよく口にしました。松阪といイメージはもっと田舎で、もっと緑が多いのだと思われているのです。松阪駅のホームから、駅を出て見る風景にはほんのわずかな緑しか確認できません。松阪の市街地での緑地面積比率は驚くほど少なく、東京の23区を多くを下回っているのです。東京では緑は大事にされ、道路は並木で大きな影が出来きるよう考えられています。緑に対するありがたみが考え方を大きく変えているようですね。そこで松阪らしさとは自然と調和の取れた町、以前公約にあった?『公園都市松阪』を実現する為に何をすべきなのかを考える時代です。計画で未来は大きく変えられていくものです。




地名(知名)度!?



 東京で松阪とか松阪市という地名をいってもピンと来る人は少なく、松阪牛ということで初めてその松阪なんだって言われます。つまり地名より松阪牛というブランド名のほうが有名なのです。松阪肉は有名ではありますが、もっともっと有名だという事を、松阪市が宣伝すべきだと思います。松阪市内にある一○びんに牛の銅像?がありますが、松阪駅のホームとか、電車から見える旧国鉄時代の貨物置場の辺りを利用して、電車で通過する人たちの目を牛で引きつけてみたらどうでしょう?そこには十分な植栽をするスペースもあります。お土産物屋を出すスペースだってある。松阪のお土産街を作ってみてはどうなんだろう?松阪牛を抜きには松阪の知名度を上げる方法はないのでしょうから!?その期待を裏切らない町作りを考えていかねば・・・







リサイくる!?

 当社では年間に多くの枝ゴミが出ます。野焼きが禁止になってからは、有料の市の処分場にゴミを捨てに行くようになりました。ゴミを捨てるという事はお金がいる時代になってしまったのです。
 そこで、ゴミを上手に分別する事で少しでゴミを減らす事が、お金を節約する事につながるわけです。しかし、ゴミを分別するという作業に対して抵抗のある社員が多く、見ていないと何でもかんでも一緒に捨ててしまう事を多く感じます。皆の意識も大切ですが、もしゴミに価値があるとしたら、みんなの考え方はどう変わっていくのでしょうか?

 例えば、昔にあった1リットルのビンのように返すとお金がもらえるというのがありましたよね。こんなシステムでゴミを捨てるという感覚がお金を捨てる事という気持ちに変えてしまうのはどうでしょう?空き缶だって、アルミと鉄それぞれを分ける事により立派なリサイクルであり、ゴミを出さない事によって環境にも良いのです。リサイクル出来るゴミには付加価値をつけて売り、回収した時点でお金を返すシステムを作れるとしたならば、例え捨てる人がいたとしてもそれを集め分別しお金に替える人が現れてリサイクルももっと効率よく上手くいきそうな気がします。タバコのフィルターに当てはめたら、街中から吸殻なくなるかもしれませんね。罰金を取るより、吸殻を捨てない(フィルターを回収する)事によってお金を戻すほうが皆が協力してくれるかもしれません。仮に捨てる人がいても、小遣い稼ぎに子供だって拾ってくれそうですよね(笑) フィルターは水にも溶けず何千年も分解されないらしいから利用価値はあると思います。

 いらなくなってしまった物は混ぜてしまうことにより、ただのゴミや産業廃棄物になり、使えるものは分別する事によって、立派なリサイクルに役立つのです。物の価値が低下してしまったのもいけませんが、良い物は骨董としての価値や所有する価値があり、これも立派なリサイクルであったはずです。地球が限られた空間である以上、ゴミの星にはしてはいけません!皆で腰をあげる時代にもうすでに突入しているんですよ!こんな時代だからこそ、捨ててしまっている資源に注目して、アイデアを出す時代ではないでしょうか?

   □ 捨てればゴミ

   □ 混ぜれば産業廃棄物

   □ 分ければ立派な再生資源

 ゴミを出さない!減らす!という事は環境に優しいという事です♪



奇跡?それとも・・・

 京都の知り合いの家に行ったときのお話です。(実話)
その知り合いの家の前には大きな屋敷があり、そこには大きな木があったそうです。その大きな木は春に新緑、夏には木陰、秋には紅葉、冬には冬景色をつくっていたそうです。隣に住んでいたおばあさんは『毎年大変な落ち葉なんですよね(微笑)』って言いながら落ち葉を掃いていたそうです。
 ある日その前の屋敷が火事になったそうです。あっという間に燃え広がった炎は道をはさんだ知合いの家にも襲いかかる勢いだったそうです。消防車も到着しないなか、大きな木が沢山の水蒸気を出し始め、それは湯煙となって舞い上がり、それは凄い光景だったそうです。でも、そのおかげ(木のおかげ)で炎の勢いは弱くなり、消防車が到着し消防士が『なんで燃え広がっていないんだ?』っと不思議そうだったそうです。
 知り合いの家は炎の被害もなく無傷だったそうで、まさに奇跡です!でも、木がなかった側の家は鉄筋だった為被害は少なかったそうですが、ガラスが大きく曲がって、飴のように溶けていたそうです。結局前の屋敷は焼けてしまい、大家さんと借り手という立場だった為、前の屋敷に住んでいた方は引越し、焼け野原になった土地は分譲され、その木は処分されてしまったそうですが、火事の後その木は再び芽を出し始めていたそうです。みんなを救った木を残しておいて欲しかったです。そして、その奇跡の木を見てみたかったです。
奇跡というより木の意志だったかもしれませんね。
きっと、みんなの思い出には一生残ると思います。いろんな思い出が・・・




 これとよく似たお話で、お客さんの家の隣が火事になった時もマキの木が火事を防いでくれたそうです。これが塀のような物であれば、間違いなく燃えていたでしょう。木は皆さんが思ってみえるより沢山の水分を含んでいて炎の熱で水蒸気を出し炎をやわらげるのです。




水槽から

 魚を飼った事はありますか?僕は学生時代から魚(熱帯魚)を飼っています。特に水草には力を入れているので魚は少なめにしています。普通水槽の水はフィルターによって浄化されますが、水草による浄化能力もあります。水草も他の植物と同じで、光合成をして、水槽の中の栄養分を吸収しながら成長しています。その結果水が綺麗に透き通ってきます。バランスがよくなると、水替えの必要もなく長い期間良い状態が維持されます。 しかし、ちょっとした事で状態は急変します。例えば水を減らしたままにしておいたりすると水温の変化が早くなります、魚を沢山入れ過ぎると餌や糞による水の汚れがひどくなります。限られた水槽という空間の中でのいろんなバランスが、よい状態を保つのには複雑に絡み合っているのです。水槽を地球に例えると、魚は人工、水草は森、餌は食物、水温は気温、糞はゴミや産業廃棄物と考えると、限られた空間の中で魚のようにどうしようもない、結末を受け入れなきゃいけない事だけは避けたいですね。地球の環境維持にもいろんなバランスが大切な事が分かりますね。


水やり

 夏は水やりが大変ですね。花や木が好きな人でもまいってしまうと思います。そこで、プラスイメージ! 水やりをする時に、ホースで水しぶきが沢山たつようにして水やりを行なうと、マイナスイオンが沢山発生するそうです。ご存知のとおりマイナスイオンにはリラックス効果や美容・健康にも効果があります。ですから、そういったことを頭において水やりをおこなうことによって、水やり効果もマイナスイオン効果も向上します!また、水のやる目安は土が流れ出す寸前まで水を与え、表面に水がうっすらたまる程度で、よく乾いている時は何度も繰り返します。流れやすい場所は行ったり来たりして、少しずつ与えます。雨が降ったからといって安心しないで、毎日こまめに行なうのが大切です。植物は動物と違い、暑い場所でも1日我慢しているのですから、その日の温度や自分の飲んだ水分に比例して上げてください。水やりをしていると健康になった気がしてきますよ!?


植物からの例え

 才能の芽を伸ばす
 人生花咲く
 努力が実を結ぶ
 良い事がしっかり根づく
 良い言葉が多いですね


地に足をつける

 しっかり地に足をつけて、そんな言葉がありますよね、植物と同じで人は土から離れてはいけないという学者さんもいます。犯罪が多くなったのも、モラルがなくなってきたのも、なんらかの関係があるかもしれません!宮崎駿監督の作品の中で、こういった内容を取り入れテーマにしたものがあります。『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』『もののけ姫』等がそうです。


 
見えないところ

 なんでもそうですが、外見や見た目による判断は、中身を見るために大きな先入観となります。普通は見えないところだから、そんな気持ちは結局見えるところにも影響してきます。植物を育てる時に重要なポイントは、見えない部分である土の中です。植物は乾燥を嫌いますが、同じく湿気も嫌います。つまり、土壌条件一つで大きく左右されるのです。見えるところにこだわって、見えないところをおろそかにすると、よい結果はえられません!私どもは見えるところはもちろん。見えない部分にも沢山のこだわりや、心遣いを忘れずに頑張っています。それがいろんな結果に現れてくるのです。ただ、これらは時間を経て分かる事が多いんです。


プチエコ

 例えば、車を駐車場に停めようとする時、近いところを選ぶのと同時に夏場などは木の陰を選んで停めたりしませんか?木の影は日向に比べ温度が低く日差しを遮ることで、車の温度の上昇を抑えてくれます。こんな時は木に感謝ですよね?用を済ませて車を走らせると、エアコンの効きがよくて、温度設定を低めに出来たりします。これがプチなエコです。無駄な消費を省いて必要最低限に抑えることで環境にも優しくなるわけです。


親しみやすさ!?

 物を買う時に、パンフレット・カタログ・雑誌などを、じっくりと眺めた事はありませんか?車やテレビ・電気製品等、たいていの写真に、自然や緑を多く取り込んでいることに気が付きます。それは、人間が本能的に持っている、緑に対する安心感や必要性について、視覚的にとり入れることによって、親しみやすさを演出しているのではないでしょうか?何もない無機質な環境では、長い時間リラックスする事が難しいのではないかと思うのです。お客さんの中では、植栽した事により、訪れたお客さんが前から店があったことには気づかず、木を見て足を運んだといったそうです。看板は上がっていたはずなのに、木にはそれ以上の効果があるのですね。


ECO

 プチECOを少し置き換える事で、簡単に効率的にECOが出来ます。
車を建物に置き換えるとまったく同じ原理です。あるお客さんのお話ですが、西日よけと目隠しを兼ねた生垣を植栽したところ、エアコンの効きがよくなって、電気代が助かると言われました。また、生垣にしたところで体感温度と視覚的温度(見た目の涼しさ)が相乗的に現れています。


模様替えプチ

 殺風景な部屋に植物を置いてみた。植物はマイナスイオンを出して心を癒してくれる。頑張って空気も浄化してくれる。世話をする事によっていろんな表情を見せてくれる。たったこれだけで、部屋の模様替えと気持ちの模様替え(転換)が出来た!?


ヒートアイランド

 この言葉を最初に聞いたのは大学生になった時でした。増えゆく構造物は、真夏の日差しで熱を吸収し、その熱を蓄え徐々に熱を放出する為、夜間に気温が下がらず熱帯夜となり、翌日にも熱を持ち越して気温上昇させてしまうのです。コンクリートやアスファルトに囲まれた都会での現現象です。それが現在では田舎にも押し寄せています。『田舎は緑が多いから』そんな安易な考えが、ますます現象を加速しています。都会ではヒートアイランド問題について早くから取り組んでいるため、屋上植栽や、効果的な植栽計画による建物や幹線道路等に影を落とし、温度の上昇を防いでいます。まず知る事によってどうするか?効果的な方法は?それが第1歩です。


都市計画

 緑豊かなはずの松阪が、街中には緑が少なく、駅のホームから見る景色には、あまり緑を見ることが出来ません。緑がないって地方から来た友人が驚いていた事を思い出します。駅前の再開発に於いて、植栽計画がどのようにされていくかはとても興味深いところです。
 また、今後いろんな計画がなされる中で、つくるよりも残す事を大事にするといった発想の転換を持っていただきたいと思います。これは個人も
同じです。必要に応じて壊してしまわなければいけない環境があるとしたら、必要以上には決して壊さないといった考え方がこれからは必要になってくるのではないでしょうか?森を壊すという事は、その機能を上回る環境(環境保全のための)はつくれないわけです。


必要!?

 庭をつくる仕事をしていて耳にするのが、贅沢なものだから余裕がない!必要ない!とか、そんな言葉を耳にします。こんな時代ですから、合理的に考えると、そういった答えもわかりますが、植物がない事によって一番困るのは、環境の不安定化です。植物は二酸化炭素を吸収して酸素をだし空気を浄化してくれます。植木が植わっていない家でも、その酸素は近くの公園や森、山といった場所から供給されているのです。自分の家にいらないけど、外の場所には欲しいなんて、みんなが思い出したら、どのくらいの緑が減ってしまうのか、考えただけでも恐ろしいことです。必要か?必要じゃないか?と考えると、もちろん必要な物であり、必要だと気づいて頂きたいと思います。これから先も、環境を支えていくのは植物と人間の考え方次第です。


気温

 このままいくと、どこまで上がってしまうのでしょうか?子供の頃、暑いといっていた気温は30℃くらいだったと思います。最近では35℃場所によっては40℃近い気温が観測され続け、いずれその記録も塗り変えられる勢いです。そして高い気温が続く事で、山や森、公園といった場所の木々も沢山枯れてしまうでしょう。また、水不足も避けられないでしょう!?気温が上がると、エアコンの効きも限界に近づき、機能しなくなります。行き着く先は、もう見えているのかもしれません。


自然の断熱

 地球は緑豊かな大地です。草や木々は大地の乾燥を防ぎ、地温の上昇を防ぎ、豊かな水や台地をつくっています。だからこそ豊かな環境が保たれてきたのです。人間の体が傷を回復させるように、自然は自らの傷を草や木を使って意図的に修復しているようにも思えます。
草や木々は断熱効果に優れ、他のものに熱を伝えにくいので、これから見直されていくはずです。ECOやプチECOで書いたことも、気温があがりすぎてしまった環境も、自然の断熱で効果的に行ないたいものですね。


快適

 こうやって考えてくると、エアコンなどに頼った快適は、機械が機能できなくなったり、動かなくなってしまった時には保たれないという事です。豊かな自然の中に快適性を求めた時、機械では味わえないその他の要素が多くあります。、その大切さに気づけば、自然であることが一番の贅沢であると気づく日も近い!?